不平文士の節酒日記~ADHD 死闘篇

アルコール使用障害とADHD に立ち向かいつつある技術系会社員のブログ

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX

最後の3話の演出は気合の入ったもので、たいへん満足です。でも脚本は押井の世界観に引っ張られすぎかな。
トグサ君の愛読書が「ライ麦畑でつかまえて」で、これを空に放り投げて凶行に及ぼうとする、というのには苦笑。レーガン暗殺未遂?*1
「本気」と書いてマジと読むようなノリですね。いやむしろ「男組」か。
シラケ世代のはしりである押井守*2は、どんな気持ちでこのシーンを見たんでしょう。たぶん、鼻で笑うか、静かに(かつ饒舌に)怒るかしたと思うのだけれども。
ところで、再建なった公安9課ですが、彼らはそもそも何と戦うのでしょうか?
9課はもともと、「犯罪」に対する「攻性」の組織として編成されました。犯罪が構成される以前にその芽を摘み取る(というか叩き潰す)わけです。その意味では防犯活動なのですが、その手段として組織的な暴力をもってする点が違います。
そしてその暴力は国家によって許諾されたもので、国の治安機関であるわけです。これらの点で、拷問と虐殺で知られる日本帝国の特別高等警察課(内務省警保局保安課の指揮下にあった)と、何ら変わりはありません。
戦う対象は当然ながら国家の国体を脅かす勢力であり、現在警察庁(実質的には警視庁)の公安部が監視している左翼・右翼・市民運動・他国籍者をターゲットにしているものと思われます。
公安警察のメンバーがその職務遂行中、麻薬や人身売買、強盗、殺人のような刑事犯罪を確認したとしても、それが前者と関係していない限り、活動の秘密を守るために「放置」が基本です*3
公安は良くも悪しくも、わたしたちが抱いている「犯罪」という言葉のイメージとは、かけ離れた地点で闘っています。
わたしたちはつい、殺人というものを究極の悪と考えがちですが、公安にとっては違います。一人や十人や百人の命を守るよりも、一億人を守る国家体制を維持する。これが彼らの思想であり、存在理由なのです。

*1:いやもちろんジョン・レノンでしょうね

*2:こういう括られ方も本人にとっては不本意でしょうが、この人を見ていると、ほんとにこの世代の持つ独特の閉塞感を感じる

*3:北朝鮮による拉致被害の実態がよくわからない一因には、こうした公安警察の秘密主義と刑事警察との没交渉があります