不平文士の節酒日記~ADHD 死闘篇

アルコール使用障害とADHD に立ち向かいつつある技術系会社員のブログ

新城カズマ「アンジー・クレーマーにさよならを」

【作品】
新城カズマ「アンジー・クレーマーにさよならを」
【Data】
ゼロ年代SF傑作選 (ハヤカワ文庫 JA エ 2-1) (ハヤカワ文庫JA) 所収
【KeyWord】
歴史 記憶 性 遺伝子 性 個人情報

【内容】
 物語は、9・11に対する合衆国の政策転換を擁護した「哲学者」による、古代スパルタについての(誤った)礼賛から始まる。
 しかし、複数の過去が平行して存在しうるならば。

 すべての情報……性《セックス》、遺伝子《ジーン》すらも金銭と電網《フラー》によって媒介されうるようになった、近未来の櫻の園
 書き換え不可能な電子の教科書に腹を立てる主人公・輦奈《れんな》は、網《フラー》を介してのウイルス攻撃からエルミにより救われる。
 大脳辺縁系まで手が加わった「重《じゅう》」であるエルミは、情報電力網《フラー・ネット》から切り離された全寮制の特別学級に属する生徒だった。

 古代、暗黒時代。ぺロポンネソス半島では、略奪を繰り返す傭兵団が跋扈していた。
 衝突した小集団のふたりの少年は、同じルーツを発見し、酒を酌み交わし、物語を交換する。
 記憶は神話となり、伝説は少年の血を受け継ぐ者の手によって「新しい文字《アルファベット》」で歴史書に定着され、永遠となる。
 スパルタが滅びるまでは。

 二つの世界は、裸の少年……ギュムノパイデイアイという単語で結ばれている。

 家族主義を唱える勢力は、人類の健全性を保つため、交換された記憶を磁気的に消去することを主張する。
 民主的なプロセスに従い、海の向こうの合衆国はアジア諸国への侵攻を決定した。
 崩壊の危機に瀕した電樹の楽園で、愛し合う少女たちが選んだ結末とは。

 ローマに併合されたスパルタの末裔は、ローマの統治を礼賛する歴史書を完成し、それは「哲学者」の読むところとなる。

 書き換え可能な「書籍」は書籍なのか、では「記憶」は、「遺伝子」は。
 しかし、それらすべてが失われようとも、……愛しむ心と、永遠《とわ》なる理性は不滅であると。

 00年代の作品にふさわしく、作中では覇権国家の暴走とその滅びが示唆されています。
 ふたりの少女が高空圏《たかみ》に向け飛翔し、自ら時を止めるラストのイメージも美しい。

(大塚巣鴨

【引用】
「そうかしら? 昔は自由に消せたというじゃないの。そりゃあ、もっと不便で、遅くて、電気も記憶媒体も高価な時代ではあったけれど。あたしの手の中の情報をあたしがどれだけ書き換えようと、それはあたしの自由でしょ。そうじゃない?」(P.56,l6)
「わざわざ紙媒体で読まなくても、いいと思わない?」
「あてつけっぽいわよねえ」
「まったくだわ!」(P.61,l6)
それがやがて、図書室での遭遇となり(そこで二人はお互いの読書暦の一致を発見したのです)、週末の公園でのすれ違いとなり、廊下で偶々《たまたま》近づいた時には肌越しの通信となって。……(P.73,l15)

【著者紹介】
新城カズマ《しんじょう かずま》 生年不詳。
慶應義塾大学出身。小説家、評論家、ゲームデザイナー。有限会社エルスウェア代表取締役
柳川房彦名義で1988年より共著がある。郵便ゲーム(PBM)のゲームマスター新城十馬として頭角を現し、1991年『蓬莱学園の初恋!』で作家デビュー。著書多数。
はてなid:sinjowkazma/TwitterではSinjowKazma